友からのメール ~バンコクの道端に咲くメキシカン・ペチュニア~
小熊 誠
(本文は2025年10月に寄稿されたものを一部加筆修正して掲載しています)
今からもう三十年も前のことである。
私には、隊次こそ違うが、気の合う協力隊仲間がいた。彼の名はザッキー。沖縄出身で、沖縄らしい名に加え、顔立ちも、実に沖縄らしかった。毛深く、彫りの深い顔つきは、日本人というより、まさしく沖縄の男を思わせる風貌だった。
隊員時代、私はタイ北部のメーホンソーン県に派遣されており、ザッキーも同様に、タイ北部で活動していた。そのため、二人が落ち合うのに、チェンマイは格好の街だった。バンコクまで行く時間も金もない貧乏隊員にとって、チェンマイの安宿「ハッピーハウス」は、日常から少し離れるためのちょうどよい場所でもあった。ビールを酌み交わしながら、朝まで取りとめのない話をした。
時がたち、私がバンコクにいることを知ったザッキーは、突然メールを送ってきた。
『もしバンコク市内でメキシカン・ペチュニアを見かけたら、この花をタイに広めたかもしれない俺のことを、ちょっと思い出してみてくれ。』
メールには、メキシカン・ペチュニアの写真もあった。少し紫がかった緑の葉を持ち、可憐な紫の花を咲かせる草花だ。
ある朝、通勤のバスから道端を眺めていると、紫の花が咲いているのが目に留まった。そして、その日の帰りには、少し早めにバスを降りて、朝見た場所まで歩いて行った。ところが、不思議なことに、花は一輪もない。どうやら場所を間違えたらしい。翌日もバスの中から通りを覗く。紫の花はたくさん咲いていた。今度こそと帰りに降り立ってみると、やはりない。
気になって調べてみると、メキシカン・ペチュニアは朝だけ花を咲かせ、昼にはしぼんでしまう、はかない花のようだ。そんな花ということさえ知らない自分を恥じた。ザッキー曰く、メキシカン・ペチュニアは、メキシコ原産の外来植物で、1970年代半ば、沖縄の駐留米兵が庭に植え、それが雨に流され、やがて雑草として、沖縄に広がったものだという。
かつてハッピーハウスの周辺で、ザッキーはメキシカン・ペチュニアの種をまいた。そして、チェンマイの土に芽吹いたその種が、チェンマイ市内を流れるピン川からバンコクへと流れゆくチャオプラヤー川を伝い、やがてバンコク市内の水辺まで届いたのではないかと真剣に語るザッキー。嘘みたいな花の話も、なんだか壮大で美しい物語のように思えてくる。なんていう想像力、なんてロマンチックなんだ。三十年が過ぎた今、改めて親友ザッキーという男の魅力に気づかされる。
思い返せば、若かった協力隊時代。うだつの上がらない自分も、将来の見えない不安を抱えていた。あの時の心細さや頼りなさが、ふと胸に蘇ってくる。
朝のひとときにだけ咲き誇り、すぐにしぼんでしまう、はかない花。気がつけば、どこにでも広がる雑草のような花。ザッキーに教えてもらわなければ、決して目を向けることのなかったメキシカン・ペチュニア。名もないと見過ごしていた花も、実はその短い命を精一杯に輝かせながら道端で懸命に咲いていた。
自分は今も大した人間ではないが、それでも、花々が一つひとつ命を宿し、この世に確かに存在しているように、自分もまたここまで歩んできた。
もうこれからは、ただの道端の草花として見過ごすのではなく、メキシカン・ペチュニアとして、しっかり目に留めていこう、そんな思いが、静かに胸の奥に広がっていた。

