「ピラミッドへ!」
笹山 桐子
(本文は2025年10月に寄稿されたものを転載しています)
今月初めに、個人的な用事でエジプトに行く機会があり、ピラミッドの内部に入りました。
「ピラミッド」と聞くと、ギザの三大ピラミッドやスフィンクスを思い浮かべる方が多いと思います。私もそう思っていました。ところが、これらが建てられた紀元前2550年ごろより前にも、すでにピラミッドは建造されていて、何度も試行錯誤を重ねた結果として、あの完成度の高いギザの三大ピラミッドにたどり着いたのだそうです。それ以降の時代には、あのような巨大建造物はつくられなくなり、王家の谷のように岩山をくり抜いた、どちらかというとこぢんまりとした墓に変わっていきました。下の写真左は階段ピラミッド、右は崩れた屈折ピラミッド。


現在わかっている世界最古のピラミッドは、紀元前2650年ごろに建てられた6段積みのピラミッドです。そのあと、紀元前2610年ごろには「屈折ピラミッド」と呼ばれるものが建てられました。このピラミッドは、下部が急な角度だったために崩れかけて、途中で角度を変えた結果、いまのようなちょっと変わった形になったそうです。
ギザの三大ピラミッド、クフ王・カフラー王・メンカウラー王の三つの大ピラミッドは、それぞれ内部に入場できるそうです。あとで知ったのですが、外国人向けの入場料は1,500EGP(1EGP=約3.26円)で、だいたい5,000円くらいします。かなり高いです。現地の方の料金の10倍くらいだそうです。


いざ中へ入ろうとすると、入口はもともとの玄関ではなく、盗掘のときに掘られたと言われる通路から入っていきます。最初は洞窟に入るような感じで、観光客が1列になって進みます。全員汗びっしょり、降りてきた欧米人のお兄さんが「サウナ、サウナ~」と言っていて、まさにその通りだと思いました。
上に行くにつれて通路はどんどん狭く・低くなっていき、中腰のまま急な傾斜を上るので、本当に苦行のようでした。一緒に行っていた日本人の方の中には、途中であきらめて戻る人もいました。それでも、天井が高くて傾斜のきつい「大回廊」と呼ばれる通路を登りきると、ようやく玄室に到着します。部屋の中は意外と質素で、石棺が一つ置かれているだけの空間でした。中は高温多湿で、まさに“サウナ部屋”という感じでしたが、苦労してたどり着いたぶん、何とも言えない静けさと古代のパワーのようなものを感じることができました。この石棺には、おそらくクフ王が葬られていたと考えられているそうですが、9世紀にアッバース朝のカリフ・アル=マアムーンが来たときには、すでに空っぽだったそうです。
エジプトに行く直前、NHKの番組で名古屋大学の研究グループが宇宙線を使ってクフ王のピラミッドを調査し、内部に「未知の巨大空間」があることを透視で見つけた、というドキュメンタリーを見ました。「日本人、すごいなあ」と思っていましたが、そもそもなぜ日本人がエジプトで本格的な発掘ができるのか、少し不思議でした。
エジプト研究といえば、やはり『世界ふしぎ発見!』でおなじみの吉村作治先生。吉村先生がエジプトで発掘許可をとったときの話が本当にドラマのようで、発掘したく情熱だけでエジプトをかけ回っていたとき、たまたま飛行機でエジプト考古庁の長官と乗り合わせて、その場で面会の約束を取りつけ、何度も交渉を重ねたそうです。最終的にエジプトに渡ってから4年、日本人として初めての正式な調査隊として発掘許可を得たとのことでした。現地に飛び込んで、あきらめずに続けることが、いつか大きなチャンスにつながるという、とても励まされるお話です。とはいえ、チャンスをつかんだあとは、きちんと成果を出さなければ次につながらない、ということもありますね。